もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー本来の仏教を考える会
片岡先生の足跡を訪ねて
片岡先生は、京都大学で、西田幾多郎から哲学を学んだ。
これは、片岡先生が西田幾多郎からいただいた書。今、片岡邸の書斎に。
片岡先生が住んだ相国寺の僧堂。先生は生涯独身であった。甥(仁志先生の兄の子)の匡三さんを養子とされた。片岡匡三氏は、京都府立北嵯峨高等学校の校長を歴任せられ、現在、滋賀文教短期大学教授です。
匡三さんと二人で、相国寺に住んでいたが、匡三さんが病気になった。匡三さんの健康を考えて、嵯峨野(草木町)に住まいを構えた。これは、その片岡邸の庭。当時は、周囲は田んぼばかりで、静かだったそうだが、今でも、嵐山に近い閑静な住宅街の一角にある。
片岡邸の門。
書斎。
片岡邸の庭から書斎を見る。
仁志先生が晩年失明されてから揮毫された書「無我」。書斎に。
相国寺に墓地がある。墓域に入って奥に進み、左の奥まったところにある。先生の墓だけが自然石だから、すぐわかる。
先生が生前、鞍馬でみつけられた自然石だという。
墓-「廓然」。先生の戒名が、「西来院廓然無聖居士」である。先生は、インドから生きた仏教を中国にもたらした達磨大師。
先生の足跡は、北海道、長野、沖縄などにも及ぶ。いつか、その足跡を訪ねてみたい。
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